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松尾工務店の家づくり 松尾工務店の歴史
おかげさまで40周年  2015(平成27)年に創業40年を迎える松尾工務店。立ち上げたのは、先代の社長である松尾国栄(まつおくにえい)でした。
 中学を卒業してすぐ、大工の世界に入った彼は、ひととおり技術を身に付けると、早くも20代前半という若さで独立します。それこそ、道具箱を肩に乗せ、身一つで乗り出した家づくりの世界。工務店としての基盤をつくるまでの苦労は、ひととおりではなかったはずです。
 時にはハウスメーカーの下請け職人として現場に入り、時には営業マンとして一戸一戸を回る。数年後、元請けとして建てた一軒目は、同級生の自宅でした。
 急勾配の屋根にアールを多用したデザイン、彫り天井。当時では珍しい、洒落た洋風の建物だったそうです。
 「新しいもの好きで、進取の気性があった」と伝えらえられる国栄。今では、あたりまえとなった完成見学会も、20年以上も前にチラシを自ら作り、実施していました。
「何より、お客さんのために」  17年ほど前には、村松から現在の秋葉区荻川へと移転。その後、工務店を法人組織にしてからも、国栄の毎日は、まったく変わりませんでした。営業、打ち合わせ、現場の段取り、現場の見回り、社長としての業務。労も手間も惜しむことなく、すべてを一人でこなし、すべての現場に目を配って、文字通り家づくりに身を捧げたのは、何より「とにかくいいものをつくりたい」という強い思いがあったからでした。柱一本にしても、同じ予算であれば、できる限りいいものを探し出し、時には儲けを度外視して提案する。基礎は丈夫さを第一に考え、創業当初から一体成型のべた基礎一回打設とする。
 「お客さんのために」。その思いは、出会ったお客さん一人ひとりに、強く、まっすぐに届いたのでしょう。家が完成する頃には、だれもが国栄のファンになっていたと言います。いつしか、松尾工務店に頼むことはイコール、国栄に頼むことになっていました。
 だからこそ、社長が亡くなった時は、社内にも社外にも、松尾工務店を心配する声があったといいます。再出発にあたってまず社員がしたのは、一番に守るべきことの確認。それは「お客さんのために」を引き継ぐことでした。次に、具体的な方法として、社長一人がやっていたことを社員で分担し、総力で社長に並ぼうと思い至りました。つまり、みんなの力を結集すること。
 その基礎には、国栄がつくりあげてきた職人との絆がありました。豊富な木材という材料がありました。こうして松尾工務店は、国栄がたった一人で、素手で拓いてきた道を、途切れさせることなく、先へ、その先へと進めることができたのです。
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